並んでいたはずの

深 夜 の 短 編

並んでいたはずの

よみきり / 約 5 分

23時すぎ。

賀来は風呂上がりの缶ビールを途中で置いて、スマホを手に取った。理由はない。手が勝手に動いただけだ。

トーク一覧を上から下へなぞる。会社のグループ。妻。マンションの宅配ボックスの通知。歯医者のリマインド。指を止める場所がなかった。

誰かに「飲もう」と打てる相手を探していた。探しているうちに、探していること自体がうっすら情けなくなってきた。

窓の外で、雨が降りはじめていた。音はしない。ガラスに細かい点が増えていくのが、ただ見えるだけだ。

0時を回った。

ビールはぬるくなっていた。冷蔵庫の低い唸りが、部屋にずっと続いている。

賀来はスクロールを続けて、ずいぶん下のほうで指を止めた。「タクミ」。大学のテニスサークルで、四年間ずっと並んでいた男だ。コートの端で、サーブの順番を待ちながら、くだらない話ばかりしていた。

最後のやり取りは、四年前だった。タクミの子どもが生まれたという報告。賀来はスタンプを一つ返した。それきりだ。

あの頃は、待ち合わせなんてしなかった。コートに行けば、当たり前にそこにいた。誰も「会おう」なんて言わなかった。会うものだったから。

今は、その「会おう」の一言が、やけに重い。打とうとすると、指が宙で迷う。

久しぶり。元気にしてるか。

打って、消した。なにを今さら、と思った。向こうにも生活がある。深夜に湧いて出た連絡なんて、迷惑なだけだろう。

1時半。

やかんに湯を沸かした。眠れそうになかった。インスタントの茶を淹れて、ソファに戻る。湯気が、顔の前でゆっくりほどけていった。

並ぶ場所が、いつの間にか一つもなくなっていた。コートも、教室も、最初の配属先の喫煙所も。気づけば、賀来は誰の隣にもいなかった。

薄情になったつもりはない。ただ、転勤して、結婚して、休日が家のことで埋まって。「また今度」を、何十回も繰り返してきた。その今度が、一度も来ないまま積もっていた。

並んでいた頃は、向き合う必要なんてなかった。

茶を一口飲む。少し苦かった。雨は、いつの間にか本降りになっている。

2時。

もう一度、タクミの名前を開いた。

賀来は、長い文章を考えるのをやめた。気のきいた言葉も、近況の報告もいらない気がした。

指が、短く動いた。

タクミ、生きてるか。

送信した。返事を待つ気はなかった。明日の朝、向こうが起きて、面食らって、既読だけつけて終わるかもしれない。それでよかった。

スマホを伏せて、テーブルに置く。画面の光が消えて、部屋が雨の音だけになった。

あいつも、どこかの部屋で天井を見ているような気がした。根拠はない。ただ、そう思うと、少しだけ、湯が温かかった。

― 了 ―
夜の兄貴ぽるねこ / 眠れない夜の短編

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