深 夜 の 短 編
湯気の向こう
午前四時すぎ。
目が覚めて、しばらく天井を見ていた。
夢の中に、父がいた。台所に立って、背中を向けて、味噌汁をつくっていた。湯気が上がっていた。振り返らなかった。それでも、機嫌は良さそうだった。
枕元のスマホを取る。画面が、暗い部屋で白く光った。
亡くなった人 夢
そこまで打って、消した。検索しても、父がなぜ味噌汁をつくっていたのかは、出てこない気がした。
外で、まだ鳥は鳴いていない。
※
午前五時。
眠れないまま、起きた。冷蔵庫が、低く唸っている。台所の電気をつけると、いつもの流しが、いつものまま、そこにあった。
父は、四年前に死んだ。最後に交わした言葉は、覚えていない。たぶん、たいした話じゃなかった。釣りの話か、血圧の話か。その程度だ。
鍋に水を入れて、火にかけた。理由は、自分でもよくわからない。ただ、夢の続きみたいに、手が動いた。
出汁の素を探したが、切らしていた。仕方なく、味噌だけを溶いた。
湯気が、立った。夢の中と、同じ匂いがした。
※
午前六時前。
椀をひとつ、出した。二つ出しかけて、ひとつに戻した。
味噌汁を、ひとくち飲む。出汁がないから、薄い。父のつくるやつは、もっと濃かった。煮干しを頭ごと放り込む人だった。内臓がうまいんだと、よく言っていた。そんなことを、今ごろ思い出す。
窓の外が、少しずつ白んできた。カーテンを開けると、雨あがりの匂いがした。夜のうちに降っていたらしい。アスファルトが、まだ濡れている。
スマホは、裏返したまま、テーブルに置いてある。検索は、しなかった。意味があったのかどうかは、わからないままでいい。
ただ、もう一度、あの背中を見られた。
薄い味噌汁を、最後まで飲んだ。椀を洗って、伏せた。今日が、始まろうとしている。
― 了 ―
夜の兄貴ぽるねこ / 眠れない夜の短編

